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東京高等裁判所 昭和54年(う)2206号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人提出の控訴趣意書(但し、弁護人は、当公判廷において、法令違反とあるのは法令適用の誤りと釈明した。)に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一控訴趣意第一(事実誤認又は法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、被告人が販売した原判示の「せいちよう」(以下「せいちよう」という。)は、成分において食品であり、使用目的からみて栄養飲料であり、用法においては薬でないことを明示し、販売の際においても栄養飲料と明示したものであり、その使用の効果たる体験談を掲記した会報は「せいちよう」の使用者がその効果を自由に発表したものに過ぎず、これをもつて直ちに通常人が「せいちよう」を医薬品と認識するということはできないから、薬事法二条一項の医薬品にあたらないのに、これを医薬品であるとして、被告人の行為を医薬品製造業の許可を受けないで製造されたものをその情を知りながら販売したと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認又は法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、原判示事実は、原判決が掲げている各証拠によつて十分にこれを認めることができ、所論にかんがみ、記録及び当審における事実調の結果をも合わせて検討しても、原判決には所論のような事実誤認又は法令適用の誤りは何ら存しない。これを補足説明すると、原判決の挙げる証拠を総合して認められる次のような事実、すなわち、被告人は、昭和五一年ころから昭和五二年始めころにかけて、かねて日本ネツカリツチ薬品株式会社において製造し、被告人もその営業部長として販売に携つていた無許可製造医薬品たる霊原素アトムより効き目のよい新製品を製造することを原判示共犯者らと計画し、これを千葉ネツカリツチ株式会社が製造することとし、その商号をせいちよう産業株式会社と変更したこと、被告人は、原判示共犯者らと共謀のうえ、右新製品名を「霊樹泉せいちよう」として、厚生大臣から医薬品製造業の許可を受けないで製造されたことを知りながら、原判示のとおり販売したこと、なお被告人は「せいちよう」の製造に際してはその主要な原料である木酢液の入手にも重要な役割を果たしたこと、「せいちよう」の表示には清涼飲料水とうたつているものの、その販売にあたつては、まず販売のための代理取扱所を設け、「せいちよう」の成分・用法・用量・効能効果等を明記したパンフレツト及び飲用者の効能効果についての体験談等を掲記した会報を発行し、これらを右代理取扱所に送付したこと、右パンフレツト等の原案は被告人が起案したこと、これを代理取扱所等に販売する際には、口頭で、肝臓病・糖尿病等に効いたアトム以上に効くことを述べていること、その他販売にあたつては健康に関する勉強会を開き、その席上糖尿病・肝臓病・高血圧等多くの病名を挙げ、アトム以上に効く旨をいわゆる「口コミ」で一般に流布されることを期待して演述していること、「せいちよう」の成分は木酢液七〇パーセント、プルーン・コンクロン・酵素各一〇パーセントで、容器の形状は高さ約一五センチメートル余の角びんであり、その容量は一〇〇ミリリットルで小売値三五〇〇円であること、用法・用量は水・湯等で濃縮液をうすめ、成人は一日三回を目安とし空腹時に飲用するが、健康状態(商品の説明書には健康状態と記載されているが、代理取扱所向けの書面では重症・中症・一般によつて用量を区別している。)・年令等に応じて増減してよい旨記載していること、使用目的・効能効果については商品の説明書やパンフレツトには清涼飲料水・栄養飲料と記載され、或いは薬でないと記載した部分はあるが、それは厚生省の許可なく製造したものであるために表面を取りつくろつたに過ぎず、販売の際は前記のように薬能薬効を演述していること、「せいちよう」の買受人はいずれも高血圧・糖尿病その他何らかの薬能薬効を期待して買受けたものであること等が明らかである。ところで、薬事法は、医薬品・医薬部外品等が国民の保健衛生の維持・増進に深く関わるところから、これらの製造・販売・品質管理・表示・広告等について適切な規制を加えて国民の生命・身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、その二条において医薬品の定義を規定しているところ、同条一項二号にいう医薬品である「人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物」かどうかは、医学的知識に乏しい一般人にはその物の内容を区別して薬理作用の有無を判断することは不可能であつて、専らその外観・形状・説明等によつて判断するほかはないから、もし右のような使用目的の物が何らの規制もなくほしいままに製造・販売等がなされるときは、一般人がこれを不当かつ安易に使用することによつて、国民の多数の者に正しい医療を受ける機会を失わせ、その疾病を悪化させるなどしてその生命身体に危害を生じさせるおそれがあるので、これらの危害を防止することを立法趣旨とする薬事法のもとでは、何らかの薬理作用を有する物についてはもとより、薬理作用上の効果のない物であつても、薬効があると標榜することによる場合も含めて、客観的にそれが人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることを目的としていると認められる限り、薬事法二条一項二号にいう医薬品に該当し、同法の規制の対象となると解するのが相当であり(東京高裁昭和五三年一二月二五日判決・高刑集三一巻三号三六三頁参照)、従つて、医薬品に該当するか否かの判断基準として、その物の成分・本質・形状(剤型・容器・包装・意匠等)・名称・その物に表示された使用目的・効能効果・用法用量・販売方法・販売の際の演述等を総合的に判断して決すべきものであり、要はこれらの点からみて通常人が同法二条一項二号又は三号に掲げる目的を有するものであるという認識を得るかどうかによつて判断すべきものとする昭和四六年六月一日薬発四七六厚生省薬務局長通達「無承認無許可の医薬品の指導取締について」は、これを是認することができ、本件について前示諸点を総合して考察すると、「せいちよう」は薬事法二条一項二号に該当する医薬品と認めるのが相当であり、その前提に立つて、「せいちよう」が厚生大臣から医薬品製造業の許可を受けないで製造されたものであることを知りながらこれを販売した被告人の所為を同法八四条一二号、五五条二項、一項、一二条一項に該当するとした原判決の事実認定及び法令適用は正当であるから、「せいちよう」が医薬品に当たらないとしてこれを論難する所論は失当というのほかはない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(西村法 簑原茂廣 千葉裕)

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